忍者ブログ
ロマサガ-ミンスト の プレイ日記とか二次創作とか
[1] [2]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

   鬼哭


「聴こえたか? 鬼の哭く声が・・・」
 心臓を貫かれたグレイは、再びその声を聞いた。
 負けと死のイメージが頭の中でこだました時、その幻は消えた。 体も、刀も。
 胸に残る刃の感触。 無意識に、唇を噛んでいた。
 空はあくまで黒く、星屑が輝いていた。 もう少しで満ちる月が、いつも以上の明るさに見えた。 皓々と、皓々と。
 夜風が長い髪をさらっていく。 汗を浮かべた、火照った体に心地いい。
 そしてグレイは、風に倒されるように、草原に倒れこんだ。 夜露がたまり始めている草原は、夜風の様に心地いい。 空は遠く、風は遥か先にあって、手が届くようで全く届かない。
(また、負けたか)
 グレイは既に気付いている。 幻が何者か、なぜ勝てないのか。
 それはまるで、空をつかむように、届きそうで届かないこと。 夜のように暗く、それだけ錯覚は増して、心臓への痛みも増す。
 歯軋りする。
 勝てない。
 悔しい。
 夜の草原は風が紡がれ、夜の精が踊っているように感じ、それは蒼い深淵を思わせた。
 もう何度目かも分からない敗北。
 それは必ず夜に余韻を残していった。 鋭い悪魔の牙のような余韻を。
 消えいく幻は夢魔のように、嘘の傷跡は本物のように、余韻の残る幻影の声は鬼の哭く声のように思えた。

 

 グレイは宿に帰ってきた。 既に夜半は過ぎている。 旅の仲間も既に眠っていた。
 誰も起こさないように、静かに部屋に入る。 彼らもグレイが深夜に部屋を抜け出すことにとうに気付いているのだろうが、今まで深く訊ねられたことはない。
 その事は多分、何が起こってもグレイなら大丈夫という信頼の証であるような気がして、少しありがたかった。 勿論口には出さない。
 場所はマルディアス大陸で最も大きな国、バファル帝国。 その辺境の、ラッタという小さな村。
 帝国第二の都市であるブルエーレの南に位置し、イナーシー(内陸の海)からの漁と付近の山からの狩猟によって生計を得ている、本当に小さな村。
 この近辺に妖精の宝玉があるという話を聞いてやって来たのだった。 まだ村に着いたばかりで、探索は明日、ということで宿を取ったのだ。
 古き王国の習性か、小さな村にも他人を敬う心配りがあって、民族性が知られる。 宿もとても居心地がいいものだった。
 古くて小さくて優しい宿は、夜にひっそりと静まり返る。 部屋の中には、共に冒険をしてきたジャンという青年が寝息を立てていた。
 多分、彼はとうにグレイが帰ってきたことに気付いている。 気付いていて、寝息を立てているのだろう。 そういう男だ。
 ぱっと服の埃を落として、布団を被った。 ぬくい。
 目をつぶると、さっきまで眺めていた夜空が思い出される。 輝く星、輝く月、紡ぐ風。 全てが冷たい。

「刀の声」が聞こえたのは、村に入る直前くらいからだった。
 夕日が山の向こうへ沈み込もうとしているその時、ふと頭痛と共に聴こえた。
 それはまるで泣き声のように、冷たく暗くて、そして魅入られる声だった。
 その声が聴こえた日は決まって眠れない。
 そして、刀を持って近くの草原へ刀を振りに行くのだ。
 グレイは、刀を「鬼哭」と名付けている。 錆びたその妖刀を鍛えてつかえるようにしたのはグレイ自身だった。
 叩くたびに刀は輝きを増して、切るたびに刀は切れ味を増した。
 そして刀はたびたび、グレイを「呼んだ」。
 刀に呼ばれたグレイは夜、付近の刀を振ることのできる広場へ行く。
 その時、必ず影が彼を待っている。
 影は、グレイの姿をしている。
 その技は彼の得意な技を使い、その体裁きは彼そのもの。
 言うなれば、彼の幻影だった。
 舞うように体を運び、疾風のようにこちらを切り裂くその剣を、グレイは常にギリギリで避け、そしてこちらの剣も必ずギリギリで避けられた。
 いや、そうなっているように、他人には見えただろう。
 グレイには分かっていた。 こちらが本当にギリギリで、まぐれの様に避けているのに対し、相手は全てを見通したギリギリの回避だった。
 必ず相手の方が、一歩だけ上なのだ。
 集中すればするほど、早くすればするほど相手も強くなり、
 そして、
 斬られる。
 斬られた場所に傷はない。 幻影なのだから。
 ただ、彼の精神だけが傷つけられていく。 勝とうともがけばもがくほどに。
 今日は心臓を貫かれた。 本来なら即死だろう。 前回は頭蓋を断たれた。 一瞬の油断をつかれた。 前々回は右手を切断された。 それはもう戦えないという事。
 斬られれば斬られるほど影を呪い、影に勝とうとし、呼ばれなくても刀を振った。
 影は常に目の前を付きまとい、その動きに勝つために様々な工夫をする。
 滑らかに体を動かそうとし、早く刀を振ろうとし、強く体を当てようとし・・・。
 刀に呼ばれるたび、心臓は膨張する。 今度こそ勝とうと、体が奮起する。
 そして、
 斬られる。
 彼の闘争本能は、それでも諦めない。 その目は、さながら鬼の目のようになっていく・・・。
 分かっていても、逃げることは出来ない。
 俺は俺だから。
 俺は俺だから。
 脳裏に二度呟くと、やっと眠りに落ちることが出来た。
 さっきまで眺めていた夜空が広がっているように感じた。
 輝く星、輝く月、紡ぐ風。
 そこは全てが涼しかった。


 翌朝、食事のためにミリアムに起こされた。
「ちょっと、まだ寝てるの!? もう太陽上がっちゃったよ!」
 朝からハイな声が部屋に響く。
「ジャンも! 朝ごはん食べちゃうよ。」
「お~っと、もう起きましたよ~~♪」
 ミリアムの声を聞いてジャンが軽快に布団から飛び出る。 朝ごはんと聞くとこれだ。
「はい、お利口さん♪ 下で待ってて。」
「分かりました~♪」
 夫婦漫才のようなやりとりをしている。 まだ眠いこちらの頭によく響く。 うるさい。
「グーレーイ! まだ寝てるの? もう出発の時間も近いよっ。」
 もぞもぞと起きだす。 確かに日は高い。 大分寝たようだが、眠りが浅かったのだろうか。 目が霞む。
「うわ! ひっどい顔。 ちょっと大丈夫なの?」
 言われて鏡を見る。
 ・・・。 ひどい顔だ。 目の下が青い。
「大丈夫? 明日出発でもいいけど・・・」
「水を浴びてくる。」
 一声残して、グレイは下へ向かった。 手早く服を着て、階段を下りる背中へ声が追ってくる。
「ちょっと! ごはんは!?」
「残しておてくれ。」
「何よ、もう!」
 プンスカと怒っているであろうミリアムの顔を想像しながら、グレイは外へ出た。
 今日は森の中への探索の初日。 あまりウダウダしている訳にもいかない。
 そもそもは、「精霊の宝玉」の話をミリアムがどこからか聞いてきたのが始まりだった。
 その語呂に乙女心を揺さぶられたのか、終始ノリノリで話すミリアム。 そのミリアムを見るのが楽しいのか、同じくノリノリのジャン。
 やる事も行くあてもなかったグレイは、そのままその話を呑んだ。
 以前ハゲの冒険者と別れて、そしてジャンが密偵の仕事を失敗して以来、冒険をするときは大体この三人で固まる。 少し前まで、もう一人いたのだけれども。
 任務に失敗したジャンは暫く謹慎処分にされたらしい。 やることもないので冒険をしているという感じだ。 持ち前の気楽さからか、ミリアムと至極仲がいい。 悪い面子ではない。
 水を浴びていると、昨夜刺された(筈の)胸がひやりとした。 瞬間、闘気が体中を満たす。
 奥歯がきりきりと音を立て始める。 幻影が目の前をちらつき始める。 目がそれを追い始める。 研ぎ澄まされていく。
 少しずつ、グレイは体を動かした。 前へ、後ろへ、突き、斬り、返す。
 朝の日課だ。 日が体を温めて心地いい。
 そうして、最後の踏み込みをしようとした時、
「ああグレイ、また裸踊りか。 お前のごはん俺が食べちゃったぞ。」
 その踏み込みはまっすぐジャンへと向かった。

PR

    鬼哭(其の二)

「ああ、森の中に古い建物があるよ。 結構大きいやつね。 昔メルビルの偉そうな学者さんがなにやら調べてたなァ。
 内容? 知らないよ、そんな難しいこと。村の誰も知らないんじゃないかな。
 そこに行きたいの? いいけど、ほとんど道なんてないよ。(紙を渡しつつ)この通りに行けばいいけど・・・。
 やっぱり冒険者のやることなんてわからないなぁ。 あんな所に行って何が楽しいんだか。」


 空は快晴。 南に真っ白な太陽が上がっている。 陽の白に煽られてか、空の青まで白く見える。
 その空は下へ向かい、あるラインで真緑色に変わる。 森だ。 ラッタの森と呼ばれる森。
 森はさほど大きいわけでもないのだが鬱蒼としており、「昼尚暗い」とはよく言われる。
 木が空を隔て、雑草が地面を隠し、わずかに道と思える道を進む。
 西側のバファル帝国は、その殆どが荒野で構成されている。 茶色い岩、乾いた土。
 イナーシー付近にはそれでも水があるので人々は暮らせ、木々も群生できている。 ラッタの森も、そうやって出来ている。
「ひゅ~♪ 話には聞いてたけど、ここが西バファルとは思えないな~。 この森ですよね、ミリアムさん?」
「そうね。 このまま道を進んじゃっていいみたい。 楽しくなってきたわね~♪」
「・・・。」
 森に入っていくのは三人。 ジャン、ミリアム、グレイだ。
 故郷のメルビル付近に森が多いせいか、ジャンなどは楽しげにすいすい進んでいく。 ミリアムも満更ではないらしく、ぱたぱたと小走りについていく。
 一人、グレイだけがその二人に歩調を合わせて黙っている。 表情も変えずに。
 森の中は、人の声こそ聞こえないがそれなりにうるさい。 虫の声が止まず、気を抜けば蜘蛛の糸が体に絡みつく。
 しかし陽は葉によって遮られ、風は湿り気を帯びて涼しい。 呼吸をすると体中が澄んでいくようで、とても気持ちがいい。
「ちょっと、どうしたのグレイ? いつも以上に無愛想じゃない。」
「僕が朝ごはん食べちゃったから怒ってるんですよ。 埋め合わせをするまで直りません。」
「・・・。」
 どうやら彼等には森の空気っていうものが分からないらしい。 ミリアムなら分かると思ったのだが・・・。
 三人は森の中へ「精霊の宝玉」を探しに来た。 風の噂で、この辺の森の中にそれらしいものがあると聞いたのだ。
 同じく宝玉を狙っている冒険者に、旅の途中何人か会った。 どうやら言いふらしている輩がいるらしい。
 宿の親父も、森の中に古い建物があるといっていた。 ひとまずそこを調べようということになったのは今朝の話。
 まぁいつもの様に宿を出て、いつもの様に道を辿り、森へ着いたというところ。 グレイにとっても、メルビルの深い森と比べればこの森はさほどのものでもない。
 モンスターも、ほとんど出てこない。 今日は平和に終わりそうだ。 周りも(ジャンとミリアムも)のどかだ。
 気になるのは古い建物というところ。 ガーディアンでもいたなら、下手したら返り討ちにあいかねない。
「幸運を祈るしかないか」
 ぼそりと、呟く。
「え? 氷の木の実? そんなものないぜ、グレイ。 そんなにお腹がすいたかい?」
「・・・。」
 のどかだな。
 ひとまず、改めて、体を慣らしておくことにした。 今とても運動したい気分だ。

「おっかし~な~、こんな所に分かれ道はないはずなんだけど・・・。」
「大方、宿屋の親父が忘れてたんでしょう。 どっちなんでしょうね~。」
 少し離れたところで地図とにらめっこをしている二人をおいて、ふと、帝国の皇女を思い出した。
 ジャンから「護衛してくれ」と頼まれたのは一人の少女。 
 少女は自分が皇女であることを知り、帝国の王である自分の父親が重病であることを知った時、危険を少しも恐れずに辺境の密林まで宝石を取りに行くと言った。
 密林の危険さをしっかりと知らなかったこともあったのだろうが、その無垢でシンプルな想いは久々にグレイを慄わせたものだった。
 宝石を持って無事帰還し父親の病を治したとき、彼女は暫く帝国にとどまると言った。
 残念ではあったが、彼女がクローディアであることを考えると当然言うであろう言葉でもあった。 それ以来、彼女の顔は見ていない。
「おい、グレイ。 聞いてるのか?」
 顔を上げると、ジャンがこちらを睨んでいた。
「ああ、すまん。 道だったか?」
「そうだ。 そんなに怒らなくてもいいだろう?」
「悪かった。 ・・・しかし」
 グレイは、左側の道を見ながら言った。
「どうやら考える必要もなさそうだ。」
「へ?」
 グレイの視線の先を、ジャンは追った。 ミリアムもつられてそちらを向く。
 左右にY字に分かれた道。
 その左側の道から、人影がこちらへ近づいてきているのだった。 三人。
 くそガタイのいい大男と、少し猫背気味の男、そして少女一人。
「見覚えがある・・・」
「そうだな。 嫌な気分だ。」
「あ~~~♪」
 見覚えがあった。
 サンゴ海を荒らしまわっていた(らしい)海賊、ホークとゲラ=ハ、そしてシルバーという面々だ。 用件は・・・、多分俺達と同じだろう。
「あ、ミリーーー!」
「シルバーーーー♪」
 早速抱き合う女二人。 以前会った時も大分親しかったしな。 さて、こちらは・・・。
「・・・。」
 明らかに敵意むき出しなヒゲ面のオッサンがこちらを睨んでいる。
「・・・。」
 多分、こっちの顔も同じようなもんだろう。
 ちなみに、ゲラ=ハとジャンはさっさとこちらの埒外で挨拶をしている。 二人とも、手を出すまではこちらに介入しない方針らしい。 前回で懲りたのだろう。
「よう、男前。」
「・・・。」
「何だ、無視かよ。 つれねェじゃねェか。」
「(そっちの用件は)宝玉か。」
「ああ、そうだ。 精霊の宝玉、語呂がいいよなぁ?」
「・・・。」
 ホークは、チッと舌打ちをしながら手に持っていた馬鹿でかい槍をぐるんと一振りした。 なんでも、竜の名のつく槍らしい。 本当かどうかは知らないが。
「けったくそ悪ィ。 何で行く先行く先テメェらと会うことになるんだろうなぁ。」
「こら、ホーク、子分のくせに偉そうなこと言わない!」
 へいへい、とホークは吐き捨てる。 少女に大の大人がたしなめられている様は、見ていて滑稽だ。
「決まったよ。 アタシら、一緒に宝玉探すことになったからね。 グレイ、だっけ? よろしくね!」
 シルバーという少女が朱鷺の声を上げる。 ホークも、この少女にだけは頭が上がらないらしい。
「そういうことだから、グレイ、喧嘩しないでね!」
 ついでにこちらも、元はミリアムの護衛を兼ねて来ている。 雇い主の言葉には逆らえない。
「・・・。」
「・・・。」
 腕を組んだオッサンはこちらを見る。 あ~あって顔をしている。 多分こちらも同じようなもんだろう。
 そうして、一向は右の道へ進んだ。
 海賊三人も同じようにここで迷い、左側に進み、行き止まりで引き返してきたらしい。
 よろしくお願いします、というゲッコ族の青年(?)を他の二人と比べながら、グレイは歩き出した。

    鬼哭(其の三)

 結果だけ言う。
 その建物には何もなかった。

 古い、白い大きな建物。 森の奥にあるのが不自然に思える建物。
 ミリアムは、多分昔(多分メルビル帝国が創設された頃)作られたお墓じゃあないかと言っていた。 それらしいことが壁に書いてあったらしい。
 墓、と聞いて俺達はやる気をなくした。 もとより、欲しいのは精霊の宝玉。
 明らかにデス神を祀るその建物の中に目的のものがあるとは思えないし、墓荒らしなんかをやる趣味はない。
 それを狙ってここに隠したのなら、仕方ない諦めてやる。
 意見が一致した。 ヒゲ面のオッサンと同じ意見なのは癪だったが。
 それよりも、、、
 今日も、刀が哭いていた。
 二日連続とは大分久しいこと。
 耳を澄ませば微かに聴こえる。 戦慄を呼ぶ旋律。 身の毛がよだつ声。
 そういえば・・・
 以前にホークと会った時も刀がよく哭いた。
 なぜか。 そんなことはどうでもいい。 また幻影と戦える。 それだけで十分だ。
 そうして、グレイは帰途の最中ほとんど無言だった。
 この無言の意味を気付いているものは、多分ジャンだけ。 古くからの戦友だけだろう。
 少女二人と話す耳障りなオッサンのダミ声を不快に思いながら、ただ、黙々と歩いた。
 時々、幻影を目の端に捉えてにやりとしながら・・・。
 今日の俺は調子がいい。


 夜が更けた。

 草原は、黒く変色した山に囲まれて、
 夜になって湿った風が草を凪いで、
 その風を受けて、木々が身を捩じらせていた。
 森が踊っているように錯覚する。
 村の中では、酒盛りが広げられていた。
 ヒゲのオッサンの顔も、ゲッコ族の顔も見えた。 ジャンがこっちに来いと誘ったが、断って、村のはずれの草原へ向かった。
 全身が自分の思い通りに動かせるように思えた。 頭の芯が熱く冷えていた。 未だかつてないほど、体が熱い。
 だからこそ、夜風が心地よかった。 熱し過ぎないように冷ましてくれているように感じた。
 草原へ、足を入れる。
 黒く緑に続く地面の先に、影はいた。
(待たせたな)
 心の中で、グレイは言った。
 喋りかけたこともないかわりに、心の中で言うだけで届くような気がしている。 多分、それは正しい。
 なぜなら、言った直後に影がこちらを向いたから。
 そうして、こちらへ剣を構える。
 そうして、こちらも剣を構える。
 寸分たがわない、グレイの必殺の構え。
 黒い夜の世界に、彼らだけの空間が作られた。
 そして・・・、


 そして、グレイは首を斬られた。
 こちらの剣を上へ弾かれ、そのまま左腕ごと首を切り払われた。
 聴こえるか、などとのたまう、いつもの言葉と一緒に・・・。
 一瞬、目の前が真っ暗になったように錯覚して、グレイは、
 また、草原へ仰向けに倒れた。
「聴こえている。」
 鬼の哭く声なぞ・・・。
 空はいつものように暗く、月はいつものように明るかった。
 空に、幻影を追っていた。 ヤツがどう動くか、それに俺がどう対応するか。 俺がこう動いたら、ヤツがどう対応するか。 そればかり考えていた。
「グレイ!」
 急に呼ばれて、さっと上体を起こす。 良くない場面を見られた。
 視線の先には、
 シルバーと呼ばれる少女がいた。
「見事な剣舞だね。 見惚れちゃったよ。」
 笑いながら、こちらへ歩いてくる。
「誰だい? 今のは」
「! 見えたのか?」
「ああ、見えたよ。」
 以前、同じように旅人に見られたことがあったが、その時その旅人に幻影は見えていなかった。
「あれは、幻術だね。 大分強い思いが入っているようだけど・・・。」
「・・・。」
 帰れ、と目で促す。
「ここ、座ってもいいかい?」
 おかまいなしだ。
「ああ。」
「どうも♪」
 どっか、と少女は座った。
「ちょっと喋っていいかい?」
「・・・。」
「う~ん、そうだね。」
 にやにやしながら、こちらを見ている。
「今の相手、アンタだろう?」
「・・・。」
 黙ることで、肯定を示す。
「多分、アンタも気付いてるんだろうけどさ、
 アレ、アンタが作った幻だ。
 アンタが、次はこうしよう、この技を使った時にこう動かれたらまずい、
 そういうアンタの最悪の場面の想定を、その刀が幻術として具現化したものだよ。」
「・・・。」
 黙ることで、肯定を示す。
 そんなグレイを見て、シルバーはまたにやっと笑った。
「だから、アンタには勝てないんだ。
 アイツは、アンタにとって理想の動き、アンタにとって最悪の動きをするんだ。
 アンタがいくら反省して、昨日のアンタより強くなろうと、相手は明日のアンタなんだから勝てっこない。
 ・・・分かってんだろ?」
「・・・。」
 だからこそ、昨日より更に強くなろうとしている。
「だから、アンタがいくら強くなっても相手はアンタより常に一枚上手なんだよ。
 ・・・勝てっこない。」
「・・・。」
 キッと、グレイは少女を睨む。 分かっている。
「いいかい? だからこそ・・・。」
 ふっと息を吐いて、こっちを見つめた。
「退かなきゃいけない。」
「・・・。」
「じゃないと、アンタまで鬼になるよ。
 その刀、鬼の声がする。」
「聴こえるのか?」
「ああ。 嫌な声だね。 話はそれだけ。」
 そう言って、少女は立ち上がった。 風が、少女の服のすそをはためかせる。
「ま、頑張んな! 何でアンタがそんな厄介な刀を持ってるのか分からないけど、、、
 勝つだけが方法じゃないよ。 それじゃ!」
 そういって、少女は歩いていった。
 グレイは、そのまま草原に仰向けに伏せた。 空は高くて、つかめそうで掴めない。
 そういえば、
「酒臭かったな」
 ふと、暫く酒を飲んでいないことを思い出した。
 夜は必ず剣を振っていたから。

    鬼哭(其の四)

 夜は更けていく。
(退く、か・・・。)
 脳裏に、幻影が踊っている。
 踊り狂っていると言った方が正しいかもしれない。
 何十という自分の幻影。 全員が、自分を斬ろうとしている。 そんな目をしている。
 目を受ければ受けるほど、体重は自然と下に落ち、手は自然と刀を握る。
(全員、斬り殺す。)
 そのつもりで剣を振っても、一人にすら当たらない。 そのまま、全員から刺し貫かれる。
 そのヴィジョンがそのまま、次の幻影を生み出す。 前に一人、後ろに一人。
 後ろから切られる前に前を薙ぐしかない。 そうして、前に出た剣はいともたやすく払われ、後ろから足を切断される。
(退くとは、逃げるということか・・・?)
 例えば、大勢を前にして逃げてみる・・・、
(・・・違う)
 何故かは分からない。 でも、これは正解ではない。 そんな気がする。
 考えれば考えるほど、沼に入り込んでいく。 幻が、目の前にいるように錯覚してしまう。
 ふっと、深呼吸。
 草原を凪ぐ夜風は、数十分そのまま吹き続けていた。
 空の中で絡まる風ばかりを見ていた。 その全てが、目を持っているように錯覚する、また。
「・・・。」
 ・・・。
「・・・。」
 ・・・。
 ・・・?
 ・・・。
 退く・・・。
 ・・・。
 すっと、グレイは立ち上がった。
 刀を抜き・・・、
 構えず、右手にだらりと提げたまま、空中を眺める。
「・・・?」
 ゆっくり、
 後ろへそのまま仰向けに倒れようとして、、、
 すっと、目の前を薙いだ。
 体を起こすこともせず、倒れる自分に抗うこともせず、
 それなのにグレイの体はいつも素振りでしているように、前傾姿勢で、刀を握っていた。
「・・・。」
 パチン、と刀を納めた。


「ちょっとグレイ、いつまで寝てるの!? 出発するよ!」
 ・・・もう朝か。
 見れば、窓から陽が洩れている。 この感じだと、大分太陽は高い。
「またジャンに朝ごはん食べられちゃうよ!」
 すっと上体を起こし、手近な服を手に持つ。
 着るついでに鏡を見た。 今日もひどい顔などと言われそうだ。
 ミリアムは珍しくグレイがさっさと起きたことに機嫌を良くしたのか、鼻歌を歌いながら階段を下りていった。 すぐに、グレイもそれに続く。
 1Fでは、ジャンが先にトーストをはぐはぐしていた。 思わずそう言いたくなる様な、見事な食いっぷり。
「あ~、グレイ、先にいただいてるぜ~♪」
「アタイの分は残してるんでしょうね~。」
「もっちろんですよ! 俺をそんなに食い意地の汚いやつだと思わないでくださいっ♪」
 十分食い意地が汚いように見えるのだが。 まぁ、こちらも食べるのが美味く感じるから別に突っ込みはしない。
「おいしそ~♪ いっただっきま~す♪」
「提案がある。」
 グレイは、椅子に座りながら言った。 ミリアムはトーストを頬張りながら(こちらも美味そうに食べる)、グレイを大きな目で見る。
「ふえ?」
「出発を一日延ばさないか?」
「へ? いいへほ、ほ~して?」
「ミリアムさん、飲み込んでから喋った方がいいと思いますよ。」
 さっきまで見事な食いっぷりだった(くせに)ジャンが突っ込んだ。
 う~、と眉をしかめてムグムグしていたミリアムが、ごくっと喉を鳴らしてから改めて尋ねる。
「どうして?」
「私用だ。」
 グレイは、間髪いれずに答えた。
「お前達だけで先に出発していてもいい。 今日はここに残りたい。」
「え~? アタイは別にいいけど・・・。 でも理由くらい話してくれてもいいんじゃない?」
 以前刀の声が聞こえると喋ったことはあったが、まともに取り合われなかった。 多分今回も納得しないだろう。
 私用、で済ませるつもりだった。
「まぁ、グレイが喋りたくないって言ってるんだから、いいじゃないですか。 俺も一日くらいいいし。」
「でもな~んか面白くないのよね~、アタイ達は一日暇になるだけだし・・・。」
 う~、とミリアムはこちらを見ている。
 ぽそぽそとグレイはトーストをかじり始めた。
 今日も刀がグレイを呼ぶであろう事は、ほとんど確信に近い形で信じている。
 そして多分・・・、
 その時、ミリアムはグレイをビシッと指差した。
「グレイ! 雇い主の命令! 言いなさいっ!」
「私用だ。」
「ダメですよミリアムさん、こいつはこうなったらもうしゃべりません。」
「う~~・・・。」
 不服そうにしながらも、トーストをかじっている。 ジャンはというと、今日何をするかをミリアムに話しかけ始めた。
 さて・・・、
 簡単に腹を満たすと、宿の外へ向かった。
「あ! ・・・ん~、もう!」
 ミリアムのふて腐れた顔が見える気がする。 それをなだめるジャンの顔も。
 空は陽が眩しい。


 村の外れ、森の近くの草原で、グレイは刀を抜いた。
 右手に刀を提げ、しばらく凝然と立つ。 その間、目はどこも見ず、前を見開く。
 草原が風を受け、小さなささやきで合唱を始めた。
 遥か遠くまで続く草原の先まで、合唱は起こっていた。
 耳を撫でるようなその音に包まれて・・・、
 そして、幻影は現れる。
 夜の幻影ではない。 グレイが自分で想像した、幻影。
 瞬間、熱くなりそうな自分の心臓を諌める。
 幻影を見ながら、
 刀を右手に提げて、
 しかし、構えなかった。
 猛る目を抑え、逸る足を抑えた。
 幻影はグレイの必殺の構えを模写し、こちらを見る。
 斬る目。
 殺気立つその目は、こちらを刺すように。
 猛るその体は、今にも飛びかかろうと。
 それを見て、グレイは、
 ただ、立っていた。
 そして・・・、
 一陣の風が起こったとき、
 幻影は動いた。
 いつものグレイと同じ動きで、瞬時に長い距離を縮め、一気にグレイを斬りにかかった。
 グレイはそれを見て、
 ただ、それを見て、
 斬られた。
 その時、
 グレイは、
 くすりと笑った。
 幻影は、霧散した。

    鬼哭(其の五)

 その夜、予想をたがえることなく、刀は哭いた。
 そしてグレイは草原へ向かう。
 草原に彼を待っていたのは彼の姿の幻ではなかった。
 グレイ自身、そうなる気がしていた。
 幻は、もう来ないと、そう思っていた。
 荒野の西バファルの中の小さな草原、皓々と冴える月の下で待っていたのは、
 般若の面をした、一人の男だった。
 月を背に、黒く佇んでいる。
 雰囲気が、今まであったどの相手とも違う。
 黒くて、黒い。 ひたすらに黒い。
 男へ、グレイは
(待たせたな。)
 心の中で、呟いた。
(ああ、待ったよ。)
 返答があった。
 低い声。 般若の男は、まっすぐこちらを向いている。
 面から洩れる眼光は、まさしく鬼のものだった。
(お前が、お前を越える日を。)
(・・・。)
 斬ることしか考えない、狂った眼光。
(ひたすら待った。 お前が剣の鬼となる日を。)
(・・・。)
 その動きには、その体には、一切の無駄がなかった。
 おそらく、無駄な筋肉すら・・・。
(しかし、
 お前は鬼に成れなかった。 お前は退いた。)
(・・・。)
 斬る鬼。 鬼人。
(お前にはもう、俺という刀を振るう資格はない。)
(・・・。)
 男は、こちらを凝然と見ている。
(斬らせてもらおう。)
 般若の男は、(心の中で)そう言って、自らの刀を抜いた。 グレイと同じ刀。 古い妖刀。
 そして、構えた。
 構えられて、グレイはすぐ気付いた。
 般若の男の剣は、絶対相打ちの突き。 自分の全ての技、体の運び、気持ちを、全て一発の突きに籠める必殺の剣。
 悪鬼羅刹の剣。
 負けるヴィジョンが、夜の中に無数に現れた。 
 後ろに下がる、下へ避ける、左へ、下へ、、、 その全ての予想で、突かれていた。 
 何をしても無駄。 相手を殺すことに特化した、自分が斬られる事すら厭わない斬り方。
 まさしく、最強の剣。
「・・・。」
 グレイは、般若の男に気付かれないように、ふぅと息を吐いた。
 まっすぐ、男を見る。
 体を軽く・・・、
 幻影にとらわれない。 考えることは今は無駄なこと。
 抜いた刀を、下へだらりと提げる。
 力を入れない。 どこかに体重を置きすぎない。 視野は常に広く保つ。
 体は自在に。 剣は無限に。
 絶対自由。
 ・・・。

 ・・・。
 ・・・。
 風が草を凪いだ時、般若の男は飛び掛った。
 それは矢の様な突き。
 その剣はまっすぐグレイの胸元を狙い、
 当たるかとした瞬間、
 二人の体が交差し、
 一拍の間をおいて、
 般若の男は倒れた。
 矢を凌駕する瞬即の剣。
 それは稲妻のような切り払い。
 グレイはその切り払いを、一瞬で決めたのだ。
 突きが胸元へ刺さるその瞬間に。
 般若の男が倒れる時、その般若の面が外れた。


 仰向けに、男は倒れていた。
「なぜだ。」
 男は訊いた。 男の顔は、予想していたより老けていた。
「なぜ・・・。」
 男の声は、先ほどよりしゃがれていた。
 目はグレイを見ているようで、虚空を見ている。
 微かに、鬼の香りが残る目。
「簡単な話だ。」
 グレイは、淡々と喋る。
「たまたま、お前より俺のほうが強かっただけだ。」
「・・・。」
 それを聞いて、
 暫く黙っていた男は、
 くっくっくっ・・・
 あ~っはっはっはっはっは・・・
 笑い出した。
 その目に、涙を浮かべながら。
「たまたまか! それはいい!!」
「・・・。」
 そして、
「俺は負けたのか。」
 夜の草原に、男の大声がこだました。
 その声は、もう、影を生み出すような陰鬱なものではなかった。
 勝者を称え、諦めつつも、自分を相手を尊敬する声。
「負けるってのも、悪いもんじゃあないんだな。
 勝つために自分を鍛え、勝つために刀を鍛え、泣くことも笑うことも封じた。」
 ふぅ、と息を区切って男は言葉を続けた。
「それももう無駄だ。」
「・・・。」
 夜空を見上げている男を残して、グレイは歩き始めた。
 パチン、と納めた刀は、いつもより軽く感じる。 勿論、一滴も血はついていない。
 ついていたとしても、その血は赤かっただろう。 人間と同じ血の色だったろう。
 人より熱かったがために、鬼へと昇華した、赤い色だったろう。
 いつもと同じ夜なのに、その風は、その空は、その月は、冷たくなく、単に涼しかった。

 まだ空を見ている男へ、グレイは言った。
「お前を、師と呼ばせてもらおう。」
 誰よりも自分を鍛えてくれた刀の鬼へ。
 男はそれを受けて、
アーッハッハッハッハッハッハ・・・
 また、笑い始めた。
 グレイの背を追いかけて、
 鬼の笑う声が、妙に明るいリズムで響いた。
(聴こえる。
 鬼の哭き声も、それほど悪くない。)



忍者ブログ [PR]
カレンダー
06 2025/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
朧夜の旅人
性別:
非公開
ブログ内検索