鬼哭(其の二)
「ああ、森の中に古い建物があるよ。 結構大きいやつね。 昔メルビルの偉そうな学者さんがなにやら調べてたなァ。
内容? 知らないよ、そんな難しいこと。村の誰も知らないんじゃないかな。
そこに行きたいの? いいけど、ほとんど道なんてないよ。(紙を渡しつつ)この通りに行けばいいけど・・・。
やっぱり冒険者のやることなんてわからないなぁ。 あんな所に行って何が楽しいんだか。」
空は快晴。 南に真っ白な太陽が上がっている。 陽の白に煽られてか、空の青まで白く見える。
その空は下へ向かい、あるラインで真緑色に変わる。 森だ。 ラッタの森と呼ばれる森。
森はさほど大きいわけでもないのだが鬱蒼としており、「昼尚暗い」とはよく言われる。
木が空を隔て、雑草が地面を隠し、わずかに道と思える道を進む。
西側のバファル帝国は、その殆どが荒野で構成されている。 茶色い岩、乾いた土。
イナーシー付近にはそれでも水があるので人々は暮らせ、木々も群生できている。 ラッタの森も、そうやって出来ている。
「ひゅ~♪ 話には聞いてたけど、ここが西バファルとは思えないな~。 この森ですよね、ミリアムさん?」
「そうね。 このまま道を進んじゃっていいみたい。 楽しくなってきたわね~♪」
「・・・。」
森に入っていくのは三人。 ジャン、ミリアム、グレイだ。
故郷のメルビル付近に森が多いせいか、ジャンなどは楽しげにすいすい進んでいく。 ミリアムも満更ではないらしく、ぱたぱたと小走りについていく。
一人、グレイだけがその二人に歩調を合わせて黙っている。 表情も変えずに。
森の中は、人の声こそ聞こえないがそれなりにうるさい。 虫の声が止まず、気を抜けば蜘蛛の糸が体に絡みつく。
しかし陽は葉によって遮られ、風は湿り気を帯びて涼しい。 呼吸をすると体中が澄んでいくようで、とても気持ちがいい。
「ちょっと、どうしたのグレイ? いつも以上に無愛想じゃない。」
「僕が朝ごはん食べちゃったから怒ってるんですよ。 埋め合わせをするまで直りません。」
「・・・。」
どうやら彼等には森の空気っていうものが分からないらしい。 ミリアムなら分かると思ったのだが・・・。
三人は森の中へ「精霊の宝玉」を探しに来た。 風の噂で、この辺の森の中にそれらしいものがあると聞いたのだ。
同じく宝玉を狙っている冒険者に、旅の途中何人か会った。 どうやら言いふらしている輩がいるらしい。
宿の親父も、森の中に古い建物があるといっていた。 ひとまずそこを調べようということになったのは今朝の話。
まぁいつもの様に宿を出て、いつもの様に道を辿り、森へ着いたというところ。 グレイにとっても、メルビルの深い森と比べればこの森はさほどのものでもない。
モンスターも、ほとんど出てこない。 今日は平和に終わりそうだ。 周りも(ジャンとミリアムも)のどかだ。
気になるのは古い建物というところ。 ガーディアンでもいたなら、下手したら返り討ちにあいかねない。
「幸運を祈るしかないか」
ぼそりと、呟く。
「え? 氷の木の実? そんなものないぜ、グレイ。 そんなにお腹がすいたかい?」
「・・・。」
のどかだな。
ひとまず、改めて、体を慣らしておくことにした。 今とても運動したい気分だ。
「おっかし~な~、こんな所に分かれ道はないはずなんだけど・・・。」
「大方、宿屋の親父が忘れてたんでしょう。 どっちなんでしょうね~。」
少し離れたところで地図とにらめっこをしている二人をおいて、ふと、帝国の皇女を思い出した。
ジャンから「護衛してくれ」と頼まれたのは一人の少女。
少女は自分が皇女であることを知り、帝国の王である自分の父親が重病であることを知った時、危険を少しも恐れずに辺境の密林まで宝石を取りに行くと言った。
密林の危険さをしっかりと知らなかったこともあったのだろうが、その無垢でシンプルな想いは久々にグレイを慄わせたものだった。
宝石を持って無事帰還し父親の病を治したとき、彼女は暫く帝国にとどまると言った。
残念ではあったが、彼女がクローディアであることを考えると当然言うであろう言葉でもあった。 それ以来、彼女の顔は見ていない。
「おい、グレイ。 聞いてるのか?」
顔を上げると、ジャンがこちらを睨んでいた。
「ああ、すまん。 道だったか?」
「そうだ。 そんなに怒らなくてもいいだろう?」
「悪かった。 ・・・しかし」
グレイは、左側の道を見ながら言った。
「どうやら考える必要もなさそうだ。」
「へ?」
グレイの視線の先を、ジャンは追った。 ミリアムもつられてそちらを向く。
左右にY字に分かれた道。
その左側の道から、人影がこちらへ近づいてきているのだった。 三人。
くそガタイのいい大男と、少し猫背気味の男、そして少女一人。
「見覚えがある・・・」
「そうだな。 嫌な気分だ。」
「あ~~~♪」
見覚えがあった。
サンゴ海を荒らしまわっていた(らしい)海賊、ホークとゲラ=ハ、そしてシルバーという面々だ。 用件は・・・、多分俺達と同じだろう。
「あ、ミリーーー!」
「シルバーーーー♪」
早速抱き合う女二人。 以前会った時も大分親しかったしな。 さて、こちらは・・・。
「・・・。」
明らかに敵意むき出しなヒゲ面のオッサンがこちらを睨んでいる。
「・・・。」
多分、こっちの顔も同じようなもんだろう。
ちなみに、ゲラ=ハとジャンはさっさとこちらの埒外で挨拶をしている。 二人とも、手を出すまではこちらに介入しない方針らしい。 前回で懲りたのだろう。
「よう、男前。」
「・・・。」
「何だ、無視かよ。 つれねェじゃねェか。」
「(そっちの用件は)宝玉か。」
「ああ、そうだ。 精霊の宝玉、語呂がいいよなぁ?」
「・・・。」
ホークは、チッと舌打ちをしながら手に持っていた馬鹿でかい槍をぐるんと一振りした。 なんでも、竜の名のつく槍らしい。 本当かどうかは知らないが。
「けったくそ悪ィ。 何で行く先行く先テメェらと会うことになるんだろうなぁ。」
「こら、ホーク、子分のくせに偉そうなこと言わない!」
へいへい、とホークは吐き捨てる。 少女に大の大人がたしなめられている様は、見ていて滑稽だ。
「決まったよ。 アタシら、一緒に宝玉探すことになったからね。 グレイ、だっけ? よろしくね!」
シルバーという少女が朱鷺の声を上げる。 ホークも、この少女にだけは頭が上がらないらしい。
「そういうことだから、グレイ、喧嘩しないでね!」
ついでにこちらも、元はミリアムの護衛を兼ねて来ている。 雇い主の言葉には逆らえない。
「・・・。」
「・・・。」
腕を組んだオッサンはこちらを見る。 あ~あって顔をしている。 多分こちらも同じようなもんだろう。
そうして、一向は右の道へ進んだ。
海賊三人も同じようにここで迷い、左側に進み、行き止まりで引き返してきたらしい。
よろしくお願いします、というゲッコ族の青年(?)を他の二人と比べながら、グレイは歩き出した。
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