鬼哭(其の三)
結果だけ言う。
その建物には何もなかった。
古い、白い大きな建物。 森の奥にあるのが不自然に思える建物。
ミリアムは、多分昔(多分メルビル帝国が創設された頃)作られたお墓じゃあないかと言っていた。 それらしいことが壁に書いてあったらしい。
墓、と聞いて俺達はやる気をなくした。 もとより、欲しいのは精霊の宝玉。
明らかにデス神を祀るその建物の中に目的のものがあるとは思えないし、墓荒らしなんかをやる趣味はない。
それを狙ってここに隠したのなら、仕方ない諦めてやる。
意見が一致した。 ヒゲ面のオッサンと同じ意見なのは癪だったが。
それよりも、、、
今日も、刀が哭いていた。
二日連続とは大分久しいこと。
耳を澄ませば微かに聴こえる。 戦慄を呼ぶ旋律。 身の毛がよだつ声。
そういえば・・・
以前にホークと会った時も刀がよく哭いた。
なぜか。 そんなことはどうでもいい。 また幻影と戦える。 それだけで十分だ。
そうして、グレイは帰途の最中ほとんど無言だった。
この無言の意味を気付いているものは、多分ジャンだけ。 古くからの戦友だけだろう。
少女二人と話す耳障りなオッサンのダミ声を不快に思いながら、ただ、黙々と歩いた。
時々、幻影を目の端に捉えてにやりとしながら・・・。
今日の俺は調子がいい。
夜が更けた。
草原は、黒く変色した山に囲まれて、
夜になって湿った風が草を凪いで、
その風を受けて、木々が身を捩じらせていた。
森が踊っているように錯覚する。
村の中では、酒盛りが広げられていた。
ヒゲのオッサンの顔も、ゲッコ族の顔も見えた。 ジャンがこっちに来いと誘ったが、断って、村のはずれの草原へ向かった。
全身が自分の思い通りに動かせるように思えた。 頭の芯が熱く冷えていた。 未だかつてないほど、体が熱い。
だからこそ、夜風が心地よかった。 熱し過ぎないように冷ましてくれているように感じた。
草原へ、足を入れる。
黒く緑に続く地面の先に、影はいた。
(待たせたな)
心の中で、グレイは言った。
喋りかけたこともないかわりに、心の中で言うだけで届くような気がしている。 多分、それは正しい。
なぜなら、言った直後に影がこちらを向いたから。
そうして、こちらへ剣を構える。
そうして、こちらも剣を構える。
寸分たがわない、グレイの必殺の構え。
黒い夜の世界に、彼らだけの空間が作られた。
そして・・・、
そして、グレイは首を斬られた。
こちらの剣を上へ弾かれ、そのまま左腕ごと首を切り払われた。
聴こえるか、などとのたまう、いつもの言葉と一緒に・・・。
一瞬、目の前が真っ暗になったように錯覚して、グレイは、
また、草原へ仰向けに倒れた。
「聴こえている。」
鬼の哭く声なぞ・・・。
空はいつものように暗く、月はいつものように明るかった。
空に、幻影を追っていた。 ヤツがどう動くか、それに俺がどう対応するか。 俺がこう動いたら、ヤツがどう対応するか。 そればかり考えていた。
「グレイ!」
急に呼ばれて、さっと上体を起こす。 良くない場面を見られた。
視線の先には、
シルバーと呼ばれる少女がいた。
「見事な剣舞だね。 見惚れちゃったよ。」
笑いながら、こちらへ歩いてくる。
「誰だい? 今のは」
「! 見えたのか?」
「ああ、見えたよ。」
以前、同じように旅人に見られたことがあったが、その時その旅人に幻影は見えていなかった。
「あれは、幻術だね。 大分強い思いが入っているようだけど・・・。」
「・・・。」
帰れ、と目で促す。
「ここ、座ってもいいかい?」
おかまいなしだ。
「ああ。」
「どうも♪」
どっか、と少女は座った。
「ちょっと喋っていいかい?」
「・・・。」
「う~ん、そうだね。」
にやにやしながら、こちらを見ている。
「今の相手、アンタだろう?」
「・・・。」
黙ることで、肯定を示す。
「多分、アンタも気付いてるんだろうけどさ、
アレ、アンタが作った幻だ。
アンタが、次はこうしよう、この技を使った時にこう動かれたらまずい、
そういうアンタの最悪の場面の想定を、その刀が幻術として具現化したものだよ。」
「・・・。」
黙ることで、肯定を示す。
そんなグレイを見て、シルバーはまたにやっと笑った。
「だから、アンタには勝てないんだ。
アイツは、アンタにとって理想の動き、アンタにとって最悪の動きをするんだ。
アンタがいくら反省して、昨日のアンタより強くなろうと、相手は明日のアンタなんだから勝てっこない。
・・・分かってんだろ?」
「・・・。」
だからこそ、昨日より更に強くなろうとしている。
「だから、アンタがいくら強くなっても相手はアンタより常に一枚上手なんだよ。
・・・勝てっこない。」
「・・・。」
キッと、グレイは少女を睨む。 分かっている。
「いいかい? だからこそ・・・。」
ふっと息を吐いて、こっちを見つめた。
「退かなきゃいけない。」
「・・・。」
「じゃないと、アンタまで鬼になるよ。
その刀、鬼の声がする。」
「聴こえるのか?」
「ああ。 嫌な声だね。 話はそれだけ。」
そう言って、少女は立ち上がった。 風が、少女の服のすそをはためかせる。
「ま、頑張んな! 何でアンタがそんな厄介な刀を持ってるのか分からないけど、、、
勝つだけが方法じゃないよ。 それじゃ!」
そういって、少女は歩いていった。
グレイは、そのまま草原に仰向けに伏せた。 空は高くて、つかめそうで掴めない。
そういえば、
「酒臭かったな」
ふと、暫く酒を飲んでいないことを思い出した。
夜は必ず剣を振っていたから。
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